たった三通の手紙とほんのわずかの情景だけ
「三通の手紙」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑤」)柏書房
「三通の手紙」(横溝正史)
(「殺人暦」)角川文庫
見つけたぞ。
百花園主人為安史郎か。
若い細君と一緒に、
虫をとったり、
水をやったりしている
髭の白い老人を、
誰があの蝮の史郎だと思おう。
昔の罪劫は
帳消しにはなっていない。
俺は君の幸福を
台なしにすることさえ
出来たのだ…。
昔の文庫本でわずか7頁の
犯罪小説ですが、中身の濃い作品です。
表題の通り、たった三通の手紙と
ほんのわずかの情景だけが描かれた、
横溝正史の異色作です。
【主要登場人物】
為安史郎(蝮の四郎)
…花屋を営む老人。
かつては残酷な海賊。
安宅源蔵
…かつての海賊仲間。
現在は鉄道作業員。四郎を強請る。
生方貞吉
…かつての海賊仲間。凶暴。
本作品の味わいどころ①
三通の手紙がすべてを語る面白さ
結果的に殺人事件が
引き起こされるのですが、
「どこかでズドンというような
物音が聞こえた」しか
それにつながるものは
書かれていないのです。
しかしすべてが読み手に伝わるように、
三通の手紙が用意されているのです。
一通目の手紙は
「安宅源蔵より為安史郎へ」。
冒頭に掲げたような、
ゆすりの手紙が提示されます。
そして二通目は
「為安史郎から安宅源蔵へ」。
現金の受け渡し方法が
伝えられています。
夜八時、踏切沿いの林の中で
列車通過後にカンテラを振る合図を
要求します。
ここまでは
何も変わったところはありません。
ところが最後の三通目の
「生方貞吉宛の無名の手紙」。
突然、誰とも知らぬ男が
第三者である生方なる人物を強請る
手紙が提示されるのです。
まったく脈絡のない三通目の手紙。
これが本作品の肝となるのです。
本作品の味わいどころ②
正義か悪か・海賊流の紛争解決手段
その後に続く短い部分を読むと、
史郎が海賊流の紛争解決手段を講じて
危機を脱出したことが語られます。
毒をもって毒を制す。
正義ではないことは確かですが、
悪とも言い切れないあたりが
何とも海賊流です。
詳しくはぜひ読んで確かめてください。
本作品の味わいどころ③
情景を読み手の想像で補わせる手法
その三通目の手紙は
史郎が匿名で生方に宛てた
手紙であることがわかります。
そこに殺人が起きたことも
読み取れます。
しかし史郎は自分の手を
まったく汚していないのです。
描かれていない情景を、
読み手に的確に想像させて補う。
文学作品のような手法です。
横溝のノンシリーズ作品、
特に戦前の作品の中には、
小粒でもピリリと辛い、
存在感のあるものが
数多く存在しているのです。
こうした作品は角川文庫絶版の中、
柏書房の「横溝正史ミステリ
短篇コレクション」で読むことが
可能です。
こうした作品も、
杉本一文装幀表紙で
復刊させて欲しいものです、
角川文庫さん。
※柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション
⑤殺人暦」収録作品一覧
富籤紳士
生首事件
幽霊嬢
寄せ木細工の家
舜吉の綱渡り
三本の毛髪
芙蓉屋敷の秘密
腕環
恐怖の映画
殺人暦
女王蜂
死の部屋
三通の手紙
九時の女
(2022.1.7)
〔追記〕
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(2023.12.22)
〔横溝正史ノンシリーズ作品〕
〔「横溝正史ミステリ短篇コレクション」〕
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